コミケを風疹から守り隊

2012年12月24日月曜日

プロフェッショナルとアマチュアとの違いとは?


初回公開日:2012年12月24日
最終更新日:2012年12月24日


1.はじめに

前回の記事で取り上げた「科学報道のあり方」に関する議論も、大分落ち着いてきた様です。とは言え、この話題が「コンテンツとして消費されてしまう」のは好ましくないでしょう。ですから、今後も議論は継続した方が良いとは思います。ただ、私自身の事を振り返っても、油断するとどうしても議論が拡散しがちです。
という訳で、批判や反論を行う際には「誰のどの意見に対するものなのか」を明確にするのが良いと考えます(必ずしも明示する必要は無いのですが、少なくとも、自分の中では意識しておく事が大切でしょう)。
勿論これは今回の件に限らず、議論一般に言える事です。

さて、ここからが今回の本題です。
上述の話題の中で、こちらの記事が結構取り上げられました。これは一般紙の話ですし、厳密には「科学報道」の話でもありません。しかしタイムリーだったのでしょう、結構あちこちで話題になった様でした。なので今回は、記事の内容そのものに詳しくは触れず、私が最も引っ掛かった部分についてだけ述べます。その部分とは、2ページ目の「(記者は)凡人のプロだから専門知識はいらない」(強調は引用者による)という言葉です。これは、マスコミに関する講義で、講師の新聞記者が、学生の質問に対する解答として発した台詞だそうです。

さて「凡人のプロ」とは何でしょうか。何となく語感で解る様な気もしますが「単なる凡人とは何処が違うのか」と考え出すと、良く解らなくなってきます。こういう場合には注意が必要です。解った様な気にさせる「納得力」の高い言葉は両刃の剣であり、逆に誤解の元になったりもするからです。

と言う訳で今回は、プロフェッショナルとアマチュア(非プロ)との違いについて考えてみたいと思います。

2012年10月21日日曜日

科学報道に望むこと


初回公開日:2012年10月21日
最終更新日:2012年10月28日
(2012年10月28日追記:こちらの記事に関して幾つかの反応があり、また古田さん御本人も追加のTweetをしていらっしゃいます。それらの点を踏まえて何点か追記を致しました。括弧で括り冒頭に追:と表示した部分がそうです。また「7.その後の展開」を追記しました)

1.はじめに

今回の記事は、こちらのTogetter「科学報道を殺さないために-研究機関へお願い」を読んだ感想です(こちらのTogetter「科学報道のありかた」も参考に致しました)。最初はTogetterのコメント欄に書こうかとも思ったのですが、例によって思いの外長い文章になってしまったので、エントリにしました。

最初にお断り申し上げます。
私は古田さんを個人的に存じ上げている訳ではありませんので、古田さん御本人に対しては、何も含むものはありません。あくまで、人格ではなく御意見に対して、思うところを申し上げます。
(追:この様に書いた理由は、古田さんは個人として発言されていますので、所属機関の意見でもなければ、増してやマスコミ全体を代表する意見でもないからです。こういう場合にはどうしても個人の意見を、全体を代表する意見の様にみなして批判しがちです。ですから私自身に対してそれを戒める意味もあります)


2.古田さんの御主張

Togetterから読み取れる古田さんの御主張は、幾つかある様です。

2012年10月14日日曜日

S02-04: 「学術論文」って何だろう?


初回公開日:2012年10月14日
最終更新日:2014年05月06日
(更新の内容に関しては、コメント欄も御参照ください)


0.はじめに

今回の文章は最初、kikulogのこちらの記事のコメントとして書いたものです(コメント番号で言うと#950, #951, #976, #991, #1007です)。そもそもこれは「松下電工(現パナソニック電工)が公開していた技報は、学術論文とは似て非なるものである」事を示す為に、まずは学術論文とは何かを説き起こそうとして書き始めたものです。しかしkikulogの記事は御覧の通りコメント欄が膨大になっていますので、なかなか読むのが大変になっているうえ、私の文章も尻切れトンボになっています。
その後、私の文章に過分な評価を頂いたTAKESANさんの御厚意により、こちらのブログ記事のコメント欄をお借りして、改めて書き始めました。しかしそれも(主に私の怠惰により)中断したままになっています。
そうこうしているうちに、私自身がブログを持つ様になりました。
この文章の事はブログ開設当初から念頭にあり、全体の構成を決めた時にも入れる場所は決まっていました。しかし、やはりなかなか書けないでいる間に、時が過ぎてしまいました。
そこで、取り敢えずですが、今回はTAKESANさんの所に書かせて頂いた文章をベースにして少し手を入れたものを載せます。例によって修正の余地を残したままの記事という事になってしまいますが、どうか御承知おきください。

なお、当該の技報に関しては、古い事もあり現在パナソニック電工のHPには載っておりません。


1.「論文」の定義と意義

2012年10月8日月曜日

P02-07: ダメな「ニセ科学批判批判」と良い「ニセ科学批判批判」

初回公開日:2012年10月08日
最終更新日:2012年11月06日

(11月06日追記:コメント欄での摂津国人さんの御指摘を考慮した結果「当事者性」と記した部分の多くを「当事者意識」と改めます(但し全てではありません)。コメント欄も御参照ください)


1.「ニセ科学批判批判」という言葉


「ニセ科学批判批判」という言葉は、文字通りに取れば「ニセ科学批判に対する批判」です。ですからその中には「不毛な議論を呼ぶダメな批判」も「耳を傾けるべき提言」も含まれている筈です。しかしながら、私自身と私の知る何人かの方々は、この言葉を否定的なニュアンスで使う事が多い様です。おそらくその原因は、ダメな批判批判に悩まされてきた経験が多いからでしょう。その為、批判批判という言葉を色付きで見てしまいがちなのです。
もっとも、色付きで見られるといえば「ニセ科学批判」という言葉自体がそうだとも思えます。


改めて簡単に書きますと
ニセ科学批判:ニセ科学を批判する事。個別の批判行為の総体。「スポーツ」という名前のスポーツが存在しないのと同じ意味で「ニセ科学批判」という名前の行為は存在しない。
ニセ科学批判批判:ニセ科学批判を批判する事。ダメなものも良いものもある。
となります。


そこでここでは、ダメな批判批判と良い批判批判を選り分ける試みをしてみたいと思います(勿論「選り分ける」と言っても、グレーゾーンを挟んだグラデーションで繋がっている・・・と考えるのは、いつもの事ですが)。

2012年10月1日月曜日

P02-06: 「科学的に間違っている」はニセ科学批判の中で最も簡単な部分です


初回公開日:2012年10月01日
最終更新日:2015年03月03日


1.ニセ科学批判は「科学的な間違いを指摘する事」だけではない

ニセ科学とは「科学ではないのに科学を装っているもの」です。
ですので「ニセ科学を批判するには、それが科学ではない事を示せば良いのだな」と思ってしまいがちです。そう考えるのは、素直と言いますか、確かに自然な感情だと思います。
しかし、現実のニセ科学問題は、それほど単純ではありません。
その、単純ではない理由について、順を追って説明してみます。

まず、多くのニセ科学は「科学的に間違っている事は自明である」レベルです。ですから、少し科学に詳しければ、ニセ科学の科学的な間違いを指摘する事は、むしろ容易なのです。
例を挙げましょう。

2012年9月11日火曜日

S03-03: 科学って、メカニズムを解明する事だけ?

初回公開日:2012年09月11日
最終更新日:2012年09月27日

(2012年09月27日更新:novtanさんの御指摘により、aggren0xさんのidを訂正しました。大変失礼致しました。コメント欄も御覧ください)

1.「メカニズムを解明することだけが科学である」という誤解

ニセ科学を信奉する人が、批判者に対して反論してくるテンプレートの中に「現代科学で説明のつかない事実を、説明がつかないという理由で切り捨ててしまうのはおかしい」という台詞があります。
この言い分には、ごく僅かの真実と多くの間違いが含まれていますので、それらの点が明らかになる様に述べていく事にします。

2012年9月2日日曜日

「ホールボディカウンター検査は、受ける必要はない??」に対するダメ出し

初回公開日:2012年09月02日
最終更新日:2012年09月02日

1.はじめに

先日、kazooooyaさんから、この様なリクエストを頂きました。根が遅筆な私としては、このリクエストにお応えするかどうか、少々迷いました。既にkazooooyaさん御自身もこうしたなまとめを作成されていましたので、批判としては充分ではないかとも思ったからです。
しかし、その元になっている「ホールボディカウンター検査は、受ける必要はない??」という記事を読んでみたところ、その内容の酷さにしばらく眩暈が止まらなくなりました。
あまりにも内容が酷いという点、そして、これを書いたのが医師であるという点、の2つから、批判する(ツッコミを入れる)気になった次第です。
という訳で、今回はツッコミがメインなので、全体的に少々意地の悪い書き方になっている点を御了承ください(笑)。
そしてまた、kikulogなどを御覧になっていた方は御存知だと思いますが、こういった「引用+ツッコミ」というスタイルは、実は私の少々得意とするところです(爆)。
ですので、私にしては思ったよりもはかどりました。でも超絶に長いですよ。普段から私の記事は長めですが、そのおよそ5割増しだと思ってください(まぁ、引用しつつツッコミを入れていくというスタイルだと、どうしても長くなってしまうのですが)。
また、途中でひとつトラップに掛かりましたが、その詳細は最後に書きます。

2012年8月12日日曜日

腫瘍とは何か(良性腫瘍と悪性腫瘍、及び、放射線と癌との関係について)

初回公開日:2012年08月12日
最終更新日:2012年08月13日
(2012年8月13日更新:誤字訂正しました。被爆→被曝)


1.はじめに

以前「上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍との違い」というテーマの記事を書きました。この記事は、細々とではありますが、継続的にアクセスを頂いている様です。腫瘍についての情報を欲している人がいらっしゃるのかもしれません。そこで、今回は上記記事の前提となる「腫瘍とは何か」及び、そこから派生する「腫瘍の良性と悪性」について書いてみます。

また、応用編として「放射線と甲状腺癌などとの関係」についても触れたいと思います。これはまた、片瀬久美子さんの記事「放射線の健康影響をめぐる誤解」(SYNODOS版はこちら復興アリーナ版はこちら)などをお読みになって「甲状腺の過形成と良性腫瘍、悪性腫瘍(癌)との違いについて、もっと知りたい」と思われた方のお役に立てば、と思って書いた記事でもあります。

2012年7月29日日曜日

時事ネタを幾つか(オスプレイ、生活保護、経済問題など)

初回公開日:2012年07月29日
最終更新日:2012年07月29日

1.はじめに

今回の記事は、最初はTwitterで呟くだけにしておこうかと思った内容です。しかし下書きをしているうちに、思いの外長くなってしまったしまいました。
折角ですので、まとめて記事にする事にします。
元がTwitterで連投しようと思っていた文章ですので、常にも増してダラダラとしたメリハリに乏しい文章になってしまっておりますが、どうか御容赦ください。

2.オスプレイ問題

7月23日にオスプレイ(MV-22)が岩国基地に搬入されました。皆様御承知の様に、オスプレイに関しては「安全性に不安がある」という理由での反対運動があります。この反対運動に関して私の気持ちを簡潔に述べるならば「反対する心情には理解も共感もできるが、議論としての筋は通らない。そしてそこには、過激で極端な反原発運動と類似の構造も見える」となります。

2012年7月8日日曜日

片瀬久美子さんの事

初回公開日:2012年07月08日
最終更新日:2017年07月28日




1.はじめに(この記事を書いた動機)


片瀬久美子さんを御存知の方も多いと思います。もしも御存知でない方にとっては、この記事はあまり意味が無いかもしれないので、その点は予めお詫びします(但し、後半の5.以降の項目についてなら、ある程度は独立してお読み頂けるかもしれません)。
さて、私は、片瀬さんの事を、ニセ科学を批判していくうえで貴重な戦力だと思っており、また同時に、大切な友人だと認識しています。した。
その事を表明する為に、この記事を書きました。
(2017年7月28日追記:昨日付で、私は片瀬氏の事を友人だと思うのを止めました。理由は、取り敢えずこの辺りでも見てください。また後日、より詳細な経緯に関してまとめたものを、本記事の末尾に追記したいと思っています。)


また、私自身に関して、これも御存知の方も多いとは思いますが、私は筆が遅いです(爆)。今頃になってこんな記事を書いたのも、主に私の筆の遅さ(と、後は、なかなか気が進まなかった事)によるものです。
ですから、この記事により改めて誰かを糾弾しようとか、何かを蒸し返そうとする様な意図はありません(但し「批判」は別です)。また、この記事は私の個人的な見解を書き綴ったものであり、当然ながら文責は全て私個人にあります。
その点を最初にお断りしておきます。

2012年6月13日水曜日

愛の放射線~あなたと私の4000ベクレル~(R-15推奨)

初回公開日:2012年06月13日
最終更新日:2014年10月01日


1.はじめに

昨日(2012年06月12日)の昼間、菊池誠さんがこんな呟きをなさっていました。
この呟きを見た時に、私の中で何かがインスパイアされ、頭の中に浮かんで来た情景がありました。
次に示すのは、それを書き留めてみたものです。内容が(ちょっとだけ)大人向けなので「R-15推奨」という事で、宜しくお願いします。
なお、登場人物に特定のモデルは居ません(ホント)ので、妄想したい方は、お好きなカップリングでなさってください(笑)。


2012年6月9日土曜日

電気が足りないと人死にが出る(あるいは、脱原発への冷静な議論)

初回公開日:2012年06月09日
最終更新日:2012年06月09日

1.私は「脱原発」の立場です

最初に申し上げておきます。私は、敢えて言うなら「段階的脱原発派」という立場です。原発を徐々に減らしていき、最終的には無くすべきだと思っています。そしてその為には、どうすれば原発を減らせるかを冷静に具体的に考えなければなりません。真面目に考えれば考える程、解決すべき問題は山積しています。政治的問題、経済的問題、そして技術的問題・・・
しかし、こういう考え方は、どうも「反原発」の方々にはウケが悪い様です。冷静な脱原発の議論をしようとしただけで「原発推進派」のレッテルを貼られたりします。その為、逆に「反原発」という言葉に妙な色がついてしまっている様にすら思えます。言うなれば「反原発=感情的で急進的な反原発原理主義者」という語感になってしまっている様に見えて仕方が無いのです。

はっきり申し上げれば、現状の「反原発(急進的な反原発原理主義)」は、真面目に脱原発を考えている人達にとって迷惑でしかありません。
何故なら、本気で「原発の無い社会」を目指すのならば「どうやって原発を減らし、無くしていくのか」を真剣に考える必要があるからです。それを忌避して感情的に「原発反対」を唱えたところで、原発は無くなったりしません。

そしてまた「原発推進派」を「利権まみれの悪の権化」の様に考えるのも極端過ぎます(いや、そういう人が全く居ないとは言いませんが、少なくとも「原子力ムラ」などと一くくりにする様な見方では大局を見誤ります)。少なくともこれまで原発が推進されてきたのは「エネルギー資源に乏しい我が国が諸外国に頼らずにやって行く為」の現実的な解答だった、というのも、一面の真実である筈です。

2012年5月3日木曜日

善川チャーリさんに「偽医者」認定されました(又はハンドルネームの由来について)

初回公開日:2012年05月03日
最終更新日:2012年05月23日

(5月23日追記:この記事に対する善川氏の反応に関して、コメント欄で解説しています。そちらも併せて御覧ください)

1.この記事を書いた動機

当ブログのこちらの記事に関して、善川チャーリ氏がTwitterでこの様に呟いており、またそれを真に受けている方もいらっしゃる様です
プロフィールに医師とありますが、PseuDoctorですからね。Pseudo(偽の)Doctor(医師)というこでしょう。この人の言っているほうがデマ。

ちなみに善川チャーリ氏を御存じ無い方もいらっしゃると思いますが、先鋭的な反原発派であり、病理医を名乗っています。
改めて言っておきますが、私は医師です。しかも善川氏(が自称しているの)と同じ、病理専門医です(詳しい説明は2.でします)。
まぁ、ある意味では善川氏の言にも一理あります。PseuDoctorと名乗った時から、そういう読み方をされる事もあるだろうと覚悟はしていました。しかし、厳密に言えば、Doが重複していません(Pseudo-Doctorとなっていない)から、綴りとしてはおかしいですよね。つまり、本来ならPseuDocterなんて言葉は無いのです。
要するに、これは私が自分のハンドルに込めた、ちょっとした洒落なのです(なんて事まで、わざわざ書かなければならないのは本当に悲しいです)ね。
ただ折角ですから、この際、私のハンドルネームの由来と、そこに込めた思いも、後の方で述べる事にします(6.で書きます)。

あるいは、もしかしたらたった一個の呟きに、そんなに過敏に反応するなよとお考えの方がいらっしゃるかもしれません。確かに大人気ないと言われれば、そうかもしれません。
しかし、一応私はこれで飯を食っている(要するに、プロ)な訳です。ニセと言われれば、反論したくもなります。いや、職業であるかないかに関わらず、自分が誇りを持って真剣に取り組んでいる内容をニセモノ呼ばわりされたら、反論したくなりませんか?例えばボカロPさんとか絵師さんとかの立場でも構いません。自分が精魂込めて作った作品を、安直に「パクリ」呼ばわりされたらどうお感じになるでしょうか。ニセ医師呼ばわりされる気持ちとは、その時の感情に似ていると思います。
また私は、曲がりなりにも「ニセ科学批判」をしている身でもあります。その立場から言えば、何かを「ニセ」呼ばわりするのであれば、きちんとした根拠を持ったうえで言って欲しいと思います。増してや、自ら医師を名乗った上で他人を「偽の医師でしょう」と言うのであれば、相応の根拠が必要とされるのは当然ではないでしょうか。
更に、今回の事は、単なる放言では済まない側面もあると考えています(詳しくは3.の後半と、5.に書きます)。

2012年4月21日土曜日

なぜ鏡では左右が反転すると思うのか?

初回公開日:2012年04月21日
最終更新日:2012年04月21日


1.はじめに

こちらのTogetter「鏡で反転するのはなぜ左右なのか」が大変な人気になっています。ただ、色々な意見が出ていて、ちょっと混乱気味の様です。実は私も御多分に漏れず、この問題に関しては少々真面目に考えてみた事があります。そこで、この機会にちょっとまとめて書いてみます。

最初に、私が出した結論を書きます。
1)鏡で反転するのは左右ではなく、鏡の面に直行する座標軸である。
2)それを「左右の反転」と思ってしまうのは、認識の問題。
3)もっとはっきり言えば、我々の体が左右対称かつ前後も上下も非対称だから。
つまり、上記のTogetterで言うと、念波(nennpa)さんの意見に一番近いです。

2.鏡で反転するのは、鏡面に直行する座標軸である

2012年4月1日日曜日

ニセ科学漫才

初回公開日:2012年04月01日
最終更新日:2012年04月01日

この記事はネタです。登場人物に特定のモデルはいません。特に、この人とかこの人とは何の関係もありません。ありませんったらありませんってば。

それでは「ニセ科学漫才」の始まり始まり~~

(舞台が明るくなる。舞台の正面には、一本のスタンドマイク。その根元には細長い茶色の紙袋が置いてある。上手と下手から、紅白のド派手なストライプのジャケットにバカでかい蝶ネクタイを付けた二人が走り寄ってくる)

さとる「どうも~、さとるで~す」
まこと「どうも~、まことで~す」
「二人合わせて」
ダブルきくちで~す!!よろしくお願いしま~す!」
   (会場拍手888888)

2012年3月31日土曜日

消費税増税の光と闇

初回公開日:2012年03月31日
最終更新日:2013年05月28日

(当ブログでは2本目の経済関連記事となります。浅学非才を省みず畑違いの分野に口を出すのは「このままではいけない」という危機意識の現われだと思ってください。また、以前の記事を含む各分野の記事を一覧したい場合には、記事末尾にあるラベル(タグ)を御利用ください)

1.私は必ずしも「消費税増税」そのものに反対している訳ではない

2012年3月30日、消費税増税法案が閣議決定されました。民主党内の事前審査での根強い反対意見を押し切る形です。「何としても年度内に法案提出する」という野田政権の強い意志が反映されたものと言えるでしょう(それでも努力目標とはいえ弾力条項が入ったのは、一定の成果と言えるでしょう。しかし全く予断を許さない状況です)。
サブタイトル通り、私は必ずしも消費税増税そのものには反対しません。しかし、現在の経済状況の下での増税には反対です。理由は大きく3つあります。
1)そもそも増税の必要性そのものに疑問がある。
2)増税してもそれほど税収は増えない。結果として悪循環に陥る。
3)現在でも不況で苦しんでいる多くの国民が更に苦しめられる。

その一方で、以前から抱いている幾つかの「素朴な疑問」があります。
1)野田政権は何故これほどまでに増税をしたがるのか。
2)そもそも「税と社会保障の一体改革」とは何なのか。
3)大手マスコミ、特に大新聞は何故、概ね消費税増税に賛成の論調なのか。
4)「増税するなら国会議員も身を切れ」という意見は妥当なのか。

これらに関して、以下、個別に解説していきます。

2012年3月25日日曜日

トラックバック(受信)はじめていました。

御存知の方もいらっしゃると思いますが、私が使っているブログサービスであるBloggerには、2012年3月現在、トラックバックの機能がありません。その為、これまでにも何人かの方に申し訳ない思いをした事もありました。
そうした中、先月トラックバックの依頼を受けた際に、ふと思い付いて「トラックバック Blogger」でググってみたところ、このページがヒットしました。要するに、クリボウさんという方が(個人で)やっていらっしゃるJapanese Bloggers Infoにブログを登録したうえで、HTMLの編集を行うと、トラックバックの受信が出来る様になるのです。HTML文を直接編集するのでちょっと怖く感じるかもしれませんが、やり方が解説してあったので、私には大丈夫でした。

という訳で、先日からトラックバックが受信できる様になりました。クリボウさんに感謝します。
各記事の最後の方にある「トラックバック」というリンクを押すと、トラックバック用のURLと、トラックバックを頂いているブログ記事が(あれば)表示されます。

なお、トラックバックの送信も出来る様ですが、送信可能なのは最新の記事からだけとの事。御覧の様に当ブログの最新記事は固定してありますので、送信機能の方は、ちょっと使い難いのでした。

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2012年3月20日火曜日

P02-05: ニセ科学批判の実践と責任

初回公開日:2012年03月20日
最終更新日:2012年03月20日



1.ニセ科学批判は(少なくとも現状では)誰がやっても良い、どんな方法でやっても良い
(ニセ科学批判とは、文字通り「ニセ科学を批判する行為」です。少なくとも私のブログでは、それ以上の意味は含ませていません)

現状におけるニセ科学批判は、組織立ったものではありません。ニセ科学批判を職業にしている人も居ません。たとえ本を書いて印税が入るとしても微々たるものであり、事実上ボランティアで行われていると言っても差し支えないでしょう。
従って、ニセ科学批判は、誰がやっても良いのです。特別な資格は必要ありません。そして、批判の方法も自由です。それぞれの人が、自分で出来ると思う事を、自分が良いと思う方法で行えば良いのです。
家族や友達と話し合うのも良いでしょう。ブログやツィッターを使って情報発信をするのも結構です。本を書いたりテレビに出たり、果ては国の政策決定に関与したり出来れば、それは確かに凄い事ですが、そういう事をするばかりがニセ科学批判ではありません。
私は以前からニセ科学批判の裾野が広がって欲しいと思っていましたし、その気持ちは現在でも全く変わっていません。ですから、出来るだけ多くの人が、自らの出来る範囲で行動して頂ければ、それはとても嬉しい事です。
あるいはその中で議論や相互批判や軋轢が生まれるかもしれませんが、それは不可避で必然であるばかりでなく、むしろ必要なものであるとすら思います。


2.「自分の言動から生じた結果は自分で引き受ける」という事


前項では、ニセ科学批判は、誰がどういう形で行っても構わないと書きました。
但し、ここで1つだけ心に留めておいて欲しい事があります。それは「自らの言動の結果は、自らで引き受ける」という事です。つまり「一人前の大人であるのならば(ニセ科学批判に限らず)自分の言動により生じた結果には(一定の)責任がある」という事です。

2012年3月10日土曜日

放射線、デマ、そして分断


初回公開日:2012年03月10日
最終更新日:2012年08月13日

(2012年4月21日追記:この記事を見たらしい善川チャーリ氏が、私の事を「偽の医師という事でしょう」などと言っている様ですが、私は本物の医師です。しかも善川氏と同じ病理専門医です。この件に関しては、近日中に記事を書きます。その暁には、ここにもリンクを貼ります)
(2012年5月3日追記:上記の件に関する記事を書きました。こちらを御参照ください)

1.「福島の子は子供を産めない」というデマ

タイトルに書いた様なデマが、震災後1年経とうとする今でも、未だに流布されている様です(例えばこちらのTogetterを御覧ください)。より正確に書くのならば「福島の子達が将来子供を産む場合には、流産や先天異常の発生率が上がる」というデマです。
勿論、これはデマです。そう言える理由は3つあります。
まず前提として「被曝による奇形児の発生」とは、妊娠後の胎児形成期(概ね妊娠2ヶ月までの間、長めに見積もっても4ヶ月まで)に、比較的高線量の放射線を被曝した際に生じるものだという事を知っておいてください。ポイントは、この場合の先天異常は放射線による胎児形成の障害であり、遺伝子の異常ではないという点です。

1つ目の理由。時間的に言って、原発事故当時に妊娠していた方々は既に出産されています。そして先天異常の発生増加は報告されていません(但し勿論、通常の状態と同程度の発生が有り得るのは当たり前です)。
2つ目。上記の通り、これから妊娠する子達にとって重要なのは「妊娠初期の被曝」です。今の時点では未だスタートラインにも立っていません。「既に貴方の卵子は修復不可能なダメージを負ってしまった」などというヨタ話に惑わされる必要は無いのです。
3つ目。仮に妊娠初期に被曝するとしても、線量の程度が問題です。今でも高線量の場所には住めない訳ですから、現在生活している場所が他の都道府県や世界の他の地域と比べて線量が高いかどうか、という観点で考える必要があります。そして、その観点で見れば(その観点で見ても)特に問題は無いと言えます。むしろ、他の要因(酒・タバコ・感染症・そしてストレス!)による影響の方が遥かに甚大ですから、折角気を遣うのであれば、むしろそういう事を考えて欲しいと思います。

どうも「放射線は遺伝子にダメージを与える」という知識と「高線量被曝により先天異常の発生頻度が上がる」という情報をごっちゃにして煽っている人が居る様です。どうしてもそういう話がしたいのであれば、せめて「体細胞での遺伝子異常による癌の発生」と「生殖細胞での遺伝子異常による先天異常の発生」と「発生過程の障害による先天異常の発生」とのそれぞれが、どれほど圧倒的に違うかを理解してからにしてください。
(2012年8月13日追記:上記の点に関して更に述べた記事「良性腫瘍と悪性腫瘍、及び、放射線と癌との関係について」を書きました。特に3.のあたりを御覧頂ければ、と思います)

2.福島の子達に対する、私なりの答え

以上に述べた事を踏まえて、福島の子に「将来私は子供を産めますか」と聞かれた時の、私なりの答えを書いてみます。

2012年2月15日水曜日

P02-04-2 ニセ科学の潜在的被害者は誰か~「欠如モデル批判」と「ニセ科学批判」の意外な関係~

初回公開日:2012年02月15日
最終更新日:2012年03月25日



(この記事は、以前の記事(P02-04)にも増して、ある程度の知識がある方を対象にしています。初めてお読みの方には御迷惑をお掛けしますが、御容赦ください)


1.「欠如モデル」の(平川さんによる)定義に対する疑問


「欠如モデル」に関しては、以前の記事(P02-04)の中でも少し触れましたが、今回はもう少し掘り下げて考えて見ます。実を言うと、私も「欠如モデル」という用語は初耳でしたので、まずは以前の記事中にも記した通り、平川さんの言葉に基づいて、欠如モデルの定義を理解しようと試みました。
平川さんによれば、欠如モデルとは「 科学技術をめぐる不安や反対などトラブルの原因が、知識不足以外に(も)あるのに、知識不足の問題としてのみ扱うこと 」であり(ソースはこちら)、また「不安・反対の人々を「無知で不合理な存在」として表象し、「ご理解下さい」と一方的に技術の受容を迫るなど、テクノクラティックな態度のこと」だそうです(ソースはこちら)。


しかしながら、当初から私はこの定義に違和感を持っていました。即ち、上記の記事でも少し触れた様に、
「科学技術をめぐるトラブルの原因が知識不足のみだと考えている人など本当に居るのか?」
一方的に技術の受容を迫っている人など居るのか?」
という疑問が消せなかったからです。
この疑問が言葉尻を捉えたイチャモンではない証拠に、平川さんは同時に「本当に知識不足が原因である問題に対して必要な知識を提供することは当然のこと。批判対象ではないし、敢えて欠如モデルと呼びもしない」とわざわざ述べておられます。つまり、私が太字で強調した部分、即ち「のみ」や「一方的」という修飾語こそが、欠如モデルのキモだという事になります。


でも、本当に、欠如モデルとはそういう意味なのでしょうか。更に平川さんによれば「そのくらいのことは10本も論文読めばわかること。科学技術社会論や科学コミュニケーションに関わる人は、それくらいは勉強しておかねば。これは、物理を学ぼうとする者に「まず解析学はちゃんと勉強して」というのと同じ職教育上の要求であって「欠如モデル的」でないのはいうまでもない」(ソースはこちらだそうです。従って、科学技術社会論(STS)的には、上に述べた平川さんの定義は、ごくごく当たり前の常識であり、それを知らないのは解析学を知らずに物理を学ぼうとする位に無謀だという事になります。これって、極めて強い言い方ですよね。医学に例えれば「人体の構造や機能を知らずして臨床医学を学ぼうとする」ほど無謀だというところでしょうか。



ところが。